KARMA
























WINTER, 2009
SUMMER, 2003
SUMMER, 2001


 

それは突然やってくるものだ。
幾つもの壁が私の前に立ちふさがったが、私に取り憑いているっていうその業(KARMA)には逆らえず、
格安航空券を手に家を出て67時間、私はカーシーの地に立っていたのだ。
その67時間の間に濃霧による5本の列車事故が相次いだっていうのは後で聞いた話だった。
しかし、その列車事故の要因とされるこの早朝の霧は儚くも美しくガンガーを包んでいる。

アウトカーストと呼ばれる物乞い達もその勤めを忘れて寝入っている中、
花売りの若い娘が、重い荷物を降ろしガートに腰掛けている私に近づいてきた。
エアポートバスでもはやコンダクターにぼったくりの値段を言われたが、
夜明けから精力的に働くこの娘にぼったくられたほうがまだましだ。
しかしそんなことをやっているときりがない、値下げ交渉をするというのがこの国の掟だ。
5Rs払ってその花を買った。
花の名前は忘れたが、Pujaというその娘の名前は覚えている。
花の中央の粗雑な蝋の固まりに火をつけ、
その今にも消えそうな頼りない火を消さぬようガート下まで降りてガンガーに浮かべる。
これはガンガーに願いを捧げる一連の行為だ。
乾期で水量のない今のガンガーではこの花は河の流れに乗るわけでもなく、
客引きのためのボートの間を彷徨ってやがて火は消え、花は枯れていく。
そんなものがたくさんこの場所には虚しく浮かんでいる。
やがてガートには罪障を洗い落としにくる人々が何処からともなく現れ、
毛布に包まっている私を尻目に沐浴を始める。
ガートは気づけば、砂埃を巻き上げるように沐浴者、商人、観光客が忙しく行き交っていた。
Pujaもその人だかりの間を小さな体で駆けずり回っている。
沐浴をしようともしたが、信仰心のない自身にとってはとても寒くて入れない。
ここよりも寒い国から来たのにだ。

それからこの地に何をするわけでもなく、4日滞在し、その間に沐浴は行った。
ババジーに荷物を預け、全てを脱ぎ去り、ガンガーに飛び込んだ。
冷たさを感じる感覚がまさに生そのものである。
河からあがると不思議な爽快感に包まれる。
ババジーがルンギーと思われる布を手渡してきた。
その布で水気をとるとその場に坐らされ祈祷が始まった。
ババジーに続き祈祷の言葉を続ける。
何を言ってるかはわからないがババジーの口を注意深く見て、逃さぬよう同じ言葉を口に出す。
最後にババジーが私の額にビンディーを塗って祈祷は終わった。
その後お布施を請求された。
毎日行われるプジャの為に使うお金だと言っている。
今のこの感覚をお金がどうのという話で失いたくないというのが正直な気持ちだった。
私は財布から501Rsを出した。
こいつらのお金のせしめ方は一級品である。
それがこいつらの生きる術なのである。
こいつらは生きることに貪欲である。
駅で列車が来るのを待っている時、小さな少年が汚れた小さな手で私の服をしきりに引っ張ってきた。
手を口元に持っていくそのジェスチャーで何か食べる物をくれと言ってるのがわかる。
そんなのは今まで何人もやってきては追い返した。
しかし、私がどれだけ首を横に振り続けても少年は決して引き下がろうとはしなかった。
その時の少年の目は記憶から消すことができない。
なぜそんなに生きたいのだ。
カーストのあるこの地ではお前は死ぬまでそうやって人から乞わなければならないのだ。
それは今まで必死に人から乞ってきた年月より果てしなく長いのだ。
どうしてそこまで必死に生きようとできるのだ。
必死とはそういうことだ。
死のうとする日本人と、生を疑わず生きようとするこいつらではどちらが正しい人間の摂理なのだろう。
日本人は命の使い方まで贅沢になっているのか。
なぜ生きろと懸命に宥めなければならぬのだ。

滞在3日目に火葬場に向かった。
道の端に薪木がたくさん積み上げられている。
それを肩に担いだ印度人と狭い路地を何度もすれ違った。
ガートに降りて行くと大量の人と牛と野良犬と煙が眼前に広がる。
白い布に包まれた屍体がどこからか運ばれ、その脇で運ばれてくる薪木をきれいに積んでいる。
一方では薪木がきれいに並べられた上に白い布で包まれたそれが乗せられ、
家族共々今にも火をつけられるのを待っている。
またその奥の方では黒煙をあげているものが幾つも見える。
少しばかりすると手前の一体に火がつけられた。
それは毎日繰り返し行われる手際よい一連の作業だった。
しかし、言うまでもなく火の中心で焼かれているのは人間である。
この五感全てを突き刺す痛みはなんだ。
人が焼ける匂い、また音で吐き気と息苦しさを感じ、体にじっとりとした汗を感じる。
それは噎せ返るような生と死のカオスがすぐそこに感じられるのだ。
死と隣り合わせということをこの具体性を持った火葬場でいつも気づかされる。
この絶対的リアリティがこいつらには常にあって我々にはない。
神は等しく命を与えるがそれ以上何もしてくれないと誰かが言う。
それ以上の何を神に求めよう。
仏壇の前でどれだけ神頼みしたとこでその後何かが変わっただろうか。
それ以上は言うまでもなく我々が必死に独り歩まねばならぬ。

この短い滞在期間で私が多く感ずる刺激は非日常の経験であり、誤解してはいけないのが、
その訪れた町の住人にとっては日常のことなのであるということだ。
これを誤解してしまうと盲目的にしか物事を見ることができなくなってしまう。
「世界」なんてのはすぐそこにある何ものでもないものだ。
しかし、我々は「世界」を追い求めないと見つけることができない。
こいつらは社会保障をされないという点で「社会」の外側にきている私と同等であると思っていたが、
結局私たちはこの国籍だけで守られているという安心感をどこかに持っている。
こいつらには敵うはずもない。

「寒さと暑さと飢えと渇えと

風と太陽の熱と虻と蛇と

これらすべてのものにうち勝って

犀の角のようにただ独り歩め 」

(スッタニパータSutta Nipāta「蛇の章」)